最初に発見した腫瘍はすべてキレイに切除したはずなのに、突如として別の場所でがんが見つかる…という転移は、多くのケースで見られます。
『がん細胞の転移はなぜ起こるのか』、転移するしくみについて解説しましょう。
・
私たちの体では、日々新しい細胞が作られ、古い細胞と入れ替わるようにして体を維持し続けています。
それぞれの細胞は私たちの持つ遺伝子の指令によって、「皮膚の細胞へ」「爪の細胞へ」といった具合に作られていくのですが、年齢を重ね、遺伝子が傷つくと指令に従わない突然変異した細胞が現れるようになります。それががん細胞です。
通常、私たちの体には免疫機能があり、体外から侵入したウイルスなどの異物や、体内で発生した突然変異細胞などに取り付いて破壊し、体外へ排出することができます。
健康な人であっても、1日に5000個ものがん細胞が発生していると言われていますが、自らの免疫機能によって、体外へ排出しているので、すべての人が重大な病気として進行するわけではありません。
しかし、年齢や生活習慣、ストレスなどの要因が重なった時に、1つのがん細胞が、こぶのように膨れ上がり、悪性腫瘍として大きく成長していくことがあります。
悪性腫瘍となった細胞は、周囲の正常な細胞から栄養を吸収して破壊し、どんどん巻き込みながら大きくなっていきます。
初めは、内臓や皮膚などの表層部分にあったがん細胞が、正常な細胞を飲み込みながら皮膚の内部や内臓壁の奥へとじわじわと広がっていくのですが、この状態を特に“浸潤”といいます。
浸潤が進むと、内臓壁を突き抜けてがん細胞が外へ飛び出してしまい、別の臓器や器官にくっ付いて、そちらでも増殖するようになります。周辺の臓器へのがん転移は、このようにして起こるのです。
がん細胞の浸潤が進んでいった先に、血管やリンパなどがあると、その血管を破壊して内部にまでがん細胞が到達し、血流やリンパの流れに乗って移動してしまうことがあります。
人間の血液は、肺で酸素を受け取って心臓から送り出され、全身を隈なく巡ってまた心臓に戻るということを繰り返していますから、がん細胞が血流に乗ってしまうと、体全体に腫瘍が巡ってしまうことになります。
リンパの流れも同様に、がん細胞を運ぶ役割を果たしてしまいます。そうなると、肺や肝臓、脳などにもがん細胞が流れ着いて、その先で増殖を繰り返すことになります。
つまり、最初に発生した腫瘍を取り除いたとしても、すでに血流やリンパの流れにがん細胞がのってしまっていたら、全身に転移する可能性があるということなのです。
がんの転移には播種(はしゅ)性転移という転移の仕方もあります。播種とは、がんのできた臓器からがん細胞がはがれ落ち、近くの胸腔や腹腔といった体の空間に散らばるように広がること。広がったがん細胞がその場所で増殖し、転移がんとなるのが播種性転移です。[注1]
さまざまな種類のがんのうち、原発がんが胃がんや肺がんなどの場合によく見られます。胃がんだと大きくなったがん細胞が胃壁を突き破り、腹膜に広がる腹膜播種というがんが生じる場合があるようです。肺がんでは、胸膜を破って外側の胸膜表面にがん細胞が散らばる胸膜播種という転移が起こる可能性があります。[注2]
がん細胞のある場所は原発巣と呼ばれます。原発巣にがん細胞が定着し、その細胞が血管やリンパに入り込むことで別の臓器や器官に移動して増殖を始めるのです。
体内には、がん細胞が原発巣からの離脱を防ぐ機能として、細胞間接着分子であるE-カドヘリンが挙げられます。E-カドヘリンは細胞膜貫通型のタンパク質で、同じE-カドヘリン同士と接着する特性があります。さらに、E-カドヘリン同士の結束は非常に強固であることから、E-カドヘリンの機能が正常であればがんの転移は起こりにくいと言えるのです。
しかし、E-カドヘリンの機能と浸潤、転移について検討した研究によると、転移の初期段階でE-カドヘリンの機能異常が起こっていると考えられるとのこと。がんが転移するには、リンパからの転移でも血流からの転移でもがん細胞が基底膜もしくは細胞外基質から通過しなくてはなりません。このことから細胞間接着分子であるE-カドヘリンの機能異常は、E-カドヘリンの持つ接着特性の喪失だけでなく、がん細胞の浸潤機能の増強にもつながっている可能性が示されています。
同研究では、がん組織でE-カドヘリンの発現を調べたところ、87.8%が2年以内に死亡していたことも判明しています。以上のことから、がん細胞が転移するタイミングではE-カドヘリンに発現異常があらわれる場合があるようです。ただし、転移の原因は他にも考えられるため、今後の研究成果が期待されます。[注3]
転移は、肺・脳・骨・肝臓といったさまざまな部位に起こり得ます。原発巣から転移したがんは転移した部位によって、肺転移・脳転移・骨転移・肝転移・腹膜転移(腹膜播種)と呼ぶのです。原発がんが転移した部分に広がっていることを示しています。
さらに、大腸が原発のがんであれば、肺に転移した腫瘍(しゅよう)も大腸がんの細胞と同じ性質を持っています。そのため、病変のある部位が肺であっても大腸がんに効果のある抗がん剤でないと反応しません。初めてがんと診断された場合でも病気が進行した状態で発見されると、診断された時点で転移がんのいくつかを併せ持っている可能性が考えられます。原発がんはどこから発生したのか、その腫瘍は転移か原発か、再発した部位はどこかなどが、がん治療の方針を決める重要な情報となります。[注1]
転移したがんは原発のがんの特徴を持つことはわかりますが、がんの転移先はどのように決まるのでしょうか。転移先はランダムに決まっているわけではなく、傾向があるようです。
この傾向から転移先を予測できる可能性があります。例えば、大腸がんは肝臓、肺がんは脳、乳がんや前立腺がんは骨髄へと転移しやすいようです。
これには転移先の細胞がケモカインと呼ばれる物質を分泌しており、がん細胞の表面にあるケモカイン受容体が引き合うためといわれています。
がん細胞が次の転移先を探す場合、血管壁を破って血管内に侵入し、血液の流れに乗って全身を巡ります。血液内に乗って転移先を探しながら、自身の持つケモカイン受容体と合致する場所を探すのです。
ケモカインはサイトカインと呼ばれる物質の一群で、細胞が体の中で移動するのを助ける役割を持っています。
がん細胞の表面にはケモカイン受容体があり、他の器官が出すケモカインを探して移動していることが分かってきているのです。
この仕組みを逆手にとって、ケモカインやケモカイン受容体の制御を行うための「ケモカイン受容体拮抗剤」についての研究が続けられており、これからのがん転移の予防治療の希望となることが期待されています。
日本では、がんの転移を予防できる新しい薬剤の臨床試験が行われています。その薬剤の中で注目されているのがANP(心房性ナトリウム利尿ペプチド)です。ANPは、心臓から放出される物質として発見されたもので、疲れているという心臓からのメッセージを体中に伝えるメッセージ物質とされています。
このANPは、これまで心不全の治療薬として使われていましたが、国立循環器病研究センター研究所の野尻崇医師によって、がんの手術後の転移・再発が起こりにくいことが判明しました。転移や再発を起こりにくくしているのは、ANPの持つ血管の修復作用によるもの。血管にささくれた場所があるとがん細胞が入り込みやすくなり、血管から臓器の組織に入ることでがんの転移が起きる場合があります。
この効果が証明されれば、がん治療における大きな光明となるでしょう。他にも転移を抑制するための治療法の研究が行われています。[注4]
何による転移であるのかを知ることで、抗がん剤のような強い副作用を持つ薬に挑むべきかどうかの判断材料になります。血行性転移の場合だと、抗がん剤に希望を見出すのは間違った選択ではないかもしれません。しかし、リンパ行性転移や播種性転移では、抗がん剤よりも遺伝子医療や免疫療法などの先端治療を候補に入れたほうが良い場合もあります。
浸潤の場合でも、手術後の再発が考えられます。再発を知ってからがんの治療を行うと、選択肢が限られる可能性も。あらかじめ、先端治療を候補に入れておくべきかもしれません。
同じ転移でも、転移のパターンが違うと治療の選択肢も変わるため、転移の違いを良く調べてから治療に臨むのが有効な治療への第一歩だと言えます。[注2]
おすすめのページ
RECOMMEND転移は原発がんから離れた場所に起こることもあります。早期発見のカギは?
がん治療の効果を高め、転移や再発予防も期待される今注目の最新成分とは?
痛みを緩和するには?費用はいくら?保険は適用?などの疑問に答えます。